バックパッカーの人生

3月26日

朝8時にレセプションで宿泊代を払う。同じ宿からは俺を含めた3人が同じバスでカイロに向かう予定らしい。ダハブのカフェで一緒にポイを廻したヒロ君と大阪から来ている女の子だ。3人でバスターミナルまでのタクシー代をシェアすることに決めた。ホテルのレセプションでタクシーを待っていると、インストラクターの品川(仮名)さんが起きてきた。出発前にお世話になった挨拶をする。どうやら、品川さんは今日の午後のバスでカイロに向うようだ。俺が皆既日食の話をしていたので、品川さんも本気で日食を見に行くことに決めたらしい。

バスは定刻どおりに出発する。かなり空席がたくさんあるので、1人で2席を占領してゆったりとカイロまで行くことができそうだ。シナイ半島は砂漠が多くてとても乾燥しており、荒々しい丘陵がある。バスの窓からはいつまでたっても荒涼とした風景が見えている。生物の住みにくい乾燥した丘陵が果てしなく続く世界だ。地球上では至るところで見ることの出来る珍しくない風景だが、そんな風景でも日本人の俺には感慨深いものがある。

バスは砂漠地帯をひたすら走り続け、途中にたくさんあるエジプト軍の検問を受けながら進んでいく。シナイ半島はテロの標的になりやすい場所なので何度も検問があるのだ。検問といってもライフルを持った軍人がバスに乗り込んできてパスポートや身分証を確認するだけの簡単な作業だ。何度も検問を受けた後、バスはようやくスエズ運河を通過した。スエズ運河の下にトンネルが掘られているので、そのトンネルを通過してスエズ運河を横断する。スエズ運河の下を走り抜けるのは何だか不思議な感じがする。

8時半にダハブを出発したバスは夕方になってようやくカイロのバスターミナルに到着した。バスターミナルから市街地までは日本人3人でタクシーをシェアして移動する。大阪から来ている女の子は今日の夜の飛行機で日本に帰るので、タクシーを降りた場所で別れた。俺とヒロ君は前回泊まっていたいつもの宿があるビルを目指して歩く。

4日ぶりに戻ってきたが宿に泊まっている顔ぶれは半分ぐらいは同じ顔だ。ダハブで一緒だった人たちも何人かいる。荷物をおろして一息ついてから丸川(仮名)さんに挨拶に行く。俺が挨拶に行った時には何人かのバックパッカーが丸川さんの部屋を訪れていた。バックパッカー達とも挨拶をして、話の輪に加わらせてもらった。

丸川さんが日食を見に行くバスの新情報を入手していた。皆既日食を見れるのはエジプトとリビアの国境の近くにあるエル・サロームと言う町である。そこで、丸川さんはリビア行きの国際バスを見つけてきたのだ。バスはエル・サロームを通過してからリビアに向うのでエル・サロームで降ろしてもらう事が出来れば、皆既日食の4時間ぐらい前にエル・サロームに到着できる最適なバスなのだ。丸川さんはエル・サロームで降ろしてもらえる事を確認したうえで、チケットを購入して来たと言う。

俺はダハブでもエル・サロームまでの行き方を調べたが、エル・サロームの近くに行った人の話は聞くことが出来たが、実際にエル・サロームまで行った人の話しは聞く事が出来なかった。エル・サロームまでの道が舗装なのかダート道なのかで所要時間が大幅に変わると言うような、細かな情報に不明な点が多くて不安だったが、丸川さんのお蔭で確実な交通手段を見つける事ができた。今夜のうちに俺も丸川さんと同じチケットを買うことにした。

丸川さんの部屋を訪れていたバックパッカー達にも皆既日食の素晴らしさを伝道したあと、買い物に行く。バザールを歩きながらみやげ物屋の下見をした後に丸川さんが教えてくれたバス会社でリビア行きのバスチケットを購入する。途中で買ったソフトクリームをなめながら丸川さんの部屋を訪れると、日食を見に行きたい人が1人現れた。日食の素晴らしさを伝道した甲斐があった。更に人数を増やすべく伝道に力を入れて丸川さんの部屋で話しこんでいると、どういう訳か人生ゲームを発見し、みんなで人生ゲームをする事になった。

丸川さんの部屋で発見した人生ゲームは普通の人生ゲームじゃなかった。人生ゲームをバックパッカーが改造したバックパッカー人生ゲームなのだ。普通の人生ゲームをベースにバックパッカーにしか分からないハプニングやイベントが詰まっている。夜の11時ぐらいから男5人が集まってバックパッカー人生ゲームが始まった。好きな色の車に自分の人形を乗せてゲームスタート。最初に学校を出て就職して結婚して旅に出るのがこの人生ゲーム。何故ならバックパッカーにとって人生とは旅だから。

せっかく人生ゲームをするならバツゲームがあった方が盛り上がるので、負けた人は6階建ての螺旋階段を10往復することに決まった。このようにしてバックパッカー達の戦いの幕が開いた。スタート直後に俺は借金王と結婚していきなり巨額な借金を背負った。その直後のイベントでスタートに戻され、もう一度最初からやり直しだ。結婚もやり直せる。不動産王と結婚して借金を返済したい俺は気合を入れて結婚カードを引く。しかし、またしても借金王と結婚してしまい、ゲームスタート直後にバツゲームの第一候補に躍り出てしまった。

結婚たあとに地球一周の旅に出て本格的な人生ゲームが始まった。借金王の妻と離婚して借金だけを背負ったり、カジノで大儲けしたり、ジプシーの子供を養子にしたり、フリーターからアイドルになったり、タクシー運転手になったりして、かなり波乱万丈な人生を送りながら地球を一周する。そんな俺よりも浮き沈みの激しい波乱万丈な人生を送っている人もいて人生ゲームは大いに盛り上がった。そして、3時間ぐらいで全員が地球を一周して人生の総決算を迎えた。結果はダントツのトップで優勝した人以外はみんな僅差で白熱したビリ争いになった。俺はゲームの最初で抱えた膨大な借金を返済して何とかギリギリでバツゲームを免れる事ができた。

バツゲームは人生ゲームに引き続き行われた。普段でも登るのが大変な螺旋階段の10往復はかなりきつい。最初の2往復ぐらいは平気な顔でこなしていたが、4往復ぐらいからは足が上がらないぐらいになってきていた。時間も夜中の3時を過ぎている。夜も遅いので5往復でバツゲームは終了する事にした。少し間違えば俺がバツゲームで螺旋階段を10往復しなくてはならないところだったのだ。

3月27日

午前中は昨日の人生ゲームのせいで熟睡しているうちに過ぎ去っていた。昼頃に起き出してシャワーを浴びて目を覚ます。昨日の夜にバツゲームで螺旋階段を5往復した人は朝早く起きて1人で残りの5往復をしたらしい。律儀な人だ。

午後からは人生ゲームのメンバーの1人と一緒にバザールに行く。一緒に行った彼は楽器を探しているので俺も一緒に楽器を見て店をはしごする。たくさんの楽器を見ているうちに俺も太鼓が欲しくなってきた。彼は迷いに迷った末に太鼓を買うことにきめた。値段交渉にも成功して、羨ましくなるぐらいの太鼓を購入した。俺も太鼓が欲しくなってきたので、ひょっとしたら帰国前に太鼓を買ってしまうかもしれない。

夕方に宿に戻り夕食を食べる。夕食後にのんびりとしていたら、昨日の人生ゲームのメンバーが集まってきて第2回バックパッカー人生ゲーム大会が開催される事になった。今日はメンバーが1人増えて参加者は全部で6人になった。昨日は借金王と結婚したために前半の旅はボロボロになってしまったので、今日は絶対に借金王と結婚したくなかったが俺の引いた結婚カードは借金王だった。何だかこのままでは現実の人生でも借金王と結婚してしまいそうで怖い。

今日も6人ともそれぞれが波乱の人生を歩み、大爆笑と共に世界を一周してゲームを終了した。今日も昨日も同じ人がダントツのトップで優勝してしまった。今回のゲームには明日の昼飯がかかっていたので、俺は昼飯の時のコーラをおごる事になってしまった。

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