突然のオアシス

3月20日

朝7時ごろに起きてレセプションの前の椅子に座ってのんびりと今日の予定はどうしようかなどと考えていると、ちょうどホテルをチェックアウトする4人の日本人がいた。どこに行くのかを聞くと、これからバハレイヤオアシスに行くという。何となく楽しそうだったので俺も一緒に行っても良いか聞いてみるた。すぐに出発するので時間が余りないがそれでも来れるのであれば一緒に行きましょうと言ってくれた。俺はダッシュで部屋に戻ってベッドの上に散らかっている荷物たちをバックパックに詰め込んで5分でパッキングを終わらせてホテルをチェックアウトして彼らのあとを追いかける。ちょっと突然ではあるが彼らと一緒にバハレイヤオアシスに行く事にした。エジプトに行く事を決めたのも突然だったが、バハレイヤオアシスに行くのを決めたのもそれに負けないぐらい突然だった。

俺を含めた5人でバスターミナルに向って歩く。ホテルからバスターミナルまでは歩いて15分程度の距離だ。途中で同じバスターミナルを目指して いる3人の日本人がいた。話を聞くと3人ともこれからバハレイヤオアシスに行くというのでみんなで一緒に行く事にした。そんな風にして日本人8人で行動を共にしてバハレイヤオアシスのツアーに行く事になった。バスが出発する前にバスターミナルの近くで食料の買出しをする。バハレイヤに到着するのはお昼過ぎなのでそれまでの間に食べるパンや水を買っておくのだ。バスは8時に出発して2時ごろにはバハレイヤオアシスに到着した。

バスを降りると客引きたちが群れをなして襲ってきた。砂漠ツアーの客引きが10人以上もやってきてバハレイヤオアシスで降りた外国人達を勧誘するのだ。その中に男性日本人の客引きが1人いた。軽いノリで我々に話しかけ、カイロで聞いていた2倍の値段で「砂漠ツアーに連れてってやる」となれなれしい。その男性日本人客引きは怪しい雰囲気を漂わせており、日本人から金を巻き上げてやろうという魂胆が誰の目にも明白だった。男性日本人客引きは相手にせず、誠実そうなエジプト人の主催するツアーで砂漠に行く事にした。

とりあえず、我々日本人ツアー客8人は彼らのオフィスに行く事になった。ジープで連れて行かれた場所は彼らの家としか考えられない建物だ。そこで、チャイをご馳走になりながら詳しいツアーの内容と金額を確かめて交渉成立。半分前金で彼らに払って残りはツアーが終わったあとに払うことにした。まずは昼飯を食べる事になり、彼らのお母さんと思われる人が食事を持ってきてくれた。

昼飯が終わった頃、我々の砂漠ツアーのための買出しを終えたジープが戻ってきた。荷物を積み込み砂漠に出発する。最初に行くところはエメラルドの山だ。エジプト人ガイドからの詳しい説明はほとんどないまま1時間ほどジープを走らせていく。同じような風景が続いている中でジープが止まり、ガイドが降りてきて、ここがエメレルドの山だと説明する。何の変哲もない砂漠のどの辺がエメレラルドなのかよく判らない。ガイドが近くの岩に向って歩いていくのでその後に付いて行くと、その岩がエメラルドの鉱脈になっていた。ほとんど砂に埋まってしまっているが確かにエメラルドの山だった。ガイドに促されるままに日本人8人でエメラルドの山の破壊活動を行い、エメラルドの破片を略奪して、意気揚々とジープに戻ってきた。この場所ではこんな観光が何年も何十年も続いているのだろう。そして、これからもこんな風な観光が繰り返されるのだろう。しかし、この観光資源を頼りにエジプト人が生活を営んでおり、これからもこの観光資源を頼りに生活を続けていくのだ。誰も彼らからこのような観光資源を取り上げる権利はない。

エメラルドの山の次はキノコの岩に向う。確かにキノコのような形の岩があった。キノコの岩の近くには似たような岩がニョキニョキと生えている。何か異世界に来たような感じがするが、どこかで見覚えのある風景だ。何処だろうかと考えていると、ツアーメンバーの誰かが「ナメック星みたいだ」と言った。そうだ、この景色はナメック星の風景に似ている。ナメック星とはピッコロ大魔王の故郷の星で、たいていの日本人であればナメック星の名前は聞いたことがあるだろう。ひょっとするとナメック星は日本で一番有名な惑星かもしれない。そんなナメック星の風景を見ることが出来たのは感激だ。

太陽の角度がかなり低くなってきたナメック星をジープで走る。砂漠の空気は砂が舞っていて澄んでいないので太陽が地平線に近づくにつれて、見えなくなっていった。日が沈む前に今日のキャンプ地を目指す。ナメック星をしばらく走っていくと白砂漠が広がっている。名前のままに白い砂漠だ。今日はここでキャンプをする。他の砂漠ツアーも似たような場所でキャンプをするみたいで、荷物をおろしている途中のジープを何台かみる事が出来た。我々もキャンプに適した場所を探す。ガイドが適当な場所を選んでいるようだ。そして、ジープが止まった場所が我々の今日の宿泊場所になった。

キャンプ地を決めたら荷物をジープからおろす。ガイドも運転手もツアー客もみんなで共同で荷物をおろして宿泊の準備を整える。ガイドがいつの間にやら焚き火をはじめている。そして、その火を使ってお湯を沸かしてチャイを入れてくれた。砂漠で飲むチャイは格別の味がする。その頃には太陽が沈んで一番星が見えてきた。夕食も焚き火を使って作る。ガイドと運転手で夕食を作ってくれるがツアー客の女の子達も手伝っている。俺は料理のセンスはほとんどないので手を出さずに声援を送るだけにしておいた。すっかり暗くなって、みんなのお腹も減ってきた頃に夕食が出来上がった。全員で美味しく食べる。量は十分あるのでおかわりも出来る。食後のチャイも用意されていて至れり尽くせりの砂漠ツアーである。

夕食の香りをかぎつけてキツネが我々のキャンプの近くにやってきた。我々から少し距離を取って様子を伺っている。日本のキツネよりもひとまわり小さく耳が大きいくて目がクリクリしていて可愛い。我々の中の誰かが動くだけで驚いて逃げていってしまう臆病者だ。それでも好奇心が旺盛らしく、しばらくするとまた近くに寄ってくる。夕食の残り物をキツネの方に投げると、驚きはしたものの素早く口にくわえて逃げていった。そんな姿も愛くるしい。夕食後に焚き火を囲んでチャイを飲みながら団欒しているときには何度もキツネが近づいてきた。誰かが動く動作だけで逃げていたキツネはどんどん大胆になり、我々のすぐ近くにまで寄って来るようになってきた。我々に慣れてかなり大胆な行動をとるようになった。そのうちに少し脅したぐらいではもう逃げなくなってしまった。我々の食料にも手を出すようになり、さすがに少し目に余るようになってきたのでキツネを追い払い食料を隠す事にした。

砂漠のど真ん中なので焚き火以外の明かりがない。星がとても綺麗に見える。砂漠の夜はなんとも神秘的だ。砂漠の夜は寒いので焚き火の暖かさが心地いい。眠くなってきた人から焚き火の回りを離れて寝袋に入っていく。満天の星のしたで寝袋で眠るのも心地よい。

3月21日

外が明るくなってきた頃に俺は覚めた。ガイドが起きて焚き火の番をしている以外はみんな寝ている。寝袋から出るととても寒い。太陽はまだ出ていないので今の時間が一番寒いのかもしれない。焚き火の近くで暖を取る。そのうちにツアーメンバーたちも起きだして、何となく朝ごはんの時間になった。メニューはエジプト風のサンドイッチ。そのうちに朝日も昇ってきた。もやがかかっているので日の出を見る事はできなかったが朝日はいいものだ。少しのんびりしたあとに出発の準備をする。ジープの中をみるとカイロで買ったパンの袋が食いちぎられている。どうやら昨日のキツネにやられたみたいだ。可愛い顔してるくせに貪欲なキツネだ。荷物を全部ジープの上に乗せて出発する。

最初に黒砂漠を目指して出発する。朝日を浴びているナメック星を通って昨日来た道を戻っていく。ナメック星の後も昨日の道を戻っているみたいだ。昨日は通り過ぎたところでジープが止まる。ここが黒砂漠なのだそうだ。近くに山があるので登るようにガイドが促す。ガイドに促されるままに山に登る。10分ほどで頂上まで登ることができた。山頂からの風景は素晴らしい。ここからだと辺り一面が黒い世界に見える。ガイドの説明だと人類が生まれるよりも大昔に火山が噴火してこのような地形になったのだという。黒砂漠の風景を堪能した後はベドウィン人がやっているチャイ屋で少し休んでから温泉に行く。温泉といっても湯に浸かる事はできない。温泉の温度が高いので手と足を洗うだけだ。それでもサッパリする事が出来た。

お昼頃にバハレイヤの村に戻ってきた。このままカイロに戻るのでマイクロバスを待つ。今朝から男の子が1人体調を悪くしている。昨日の夜に寝ているときから寒かったらしい。黒砂漠に寄った時も山には登らずに休んでいた。吐き気もあるらしく、かなり気持ち悪いらしい。カイロに戻るマイクロバスの中でも苦しそうに眠っていた。夕方にようやくカイロに到着したが彼の体調は良くならない。どうにもならないので保険を使ってカイロの病院に行く事にした。全員で病院に付き添っても迷惑なのでそこで別れる。彼は友達と一緒に今日の深夜の飛行機で日本に帰る事になっているのでもう少しの辛抱だ。

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