氷河崩落

2003年3月7日。早朝まで船の揺れが少し残っていたが、天気は回復してきた。今日の午前中はジェンツーペンギンのコロニーに上陸する予定である。いつもの様にゾディアックに分乗して島に渡った。

島に上陸すると、たくさんのジェンツーペンギンに出迎えてもらえた。我々ツアー客もだんだんと慣れてきたのでペンギンと上手に友好をはかれるようになっている。島には大きな岩が沢山あり、中心の方が少し高くなっている。そこからの景色はとても素晴らしい。岩の所々にトウゾクカモメの巣があり、間違えて巣の近くに行くと、親鳥に威嚇されてしまう。威嚇には苦い思い出があるので、トウゾクカモメの巣の近くを通らないように島の中心まで行った。小高い丘の上からの景色はやっぱり素晴らしい。ペンギンは近くでパタパタと歩いていてとても可愛い。何度も感じるが贅沢なシチュエーションである。

島を散策している途中で、小さな石を拾ってポケットに入れた。せっかく南極に来たのだから南極の石を拾って帰りたい。なるべく綺麗で手ごろな大きさの石を探す。そこら中に石は転がっているが、探そうとすると手ごろな石はなかなか見つからないものである。規則では南極の物は何も持ち帰ってはいけない事になっているので石を拾った事は内緒である。

午前中の上陸が終了してミキーフ号に戻る途中、ゾディアックで氷山が浮いている海域を通った。今まで、氷山はたくさん見ているが、ゾディアックに乗ってこんなに近くまで氷山に接近した事は無かったので、感激である。近くで見るといろいろな形の氷山がたくさんある。面白い形の氷山のところでゾディアックを止めてくれ氷山を触ることが出来た。普通の氷よりもざらざらしていて、手触りはあまり良くないが貴重な体験である。

我々が訪れた氷山の海域には海面から出ている高さが10メートル以上の大きな氷山から、数センチぐらいの氷山のカケラまでプカプカと浮かんでいて多様である。ゾディアックから手を伸ばして海面に浮いている数センチの氷山のカケラをすくい取ってみた。透明でなく完全に真っ白の氷である。口に入れてみると、しょっぱくない。氷山は海水ではない普通の水から出来ている事が実感として体験できた。

昼飯を食べているうちにミキーフ号は前に通った事のあるリメール運河にさしかかった。狭い海域なので座礁しないように慎重に進んでいく。しばらくの間はミキーフ号でのクルージングを楽しんだ。途中で海が凍りつき始めてる場所を通過する。氷をバリバリと割りながらミキーフ号は突き進んでいった。船の先端を陣取って、ミキーフ号が氷を割るのを飽きずに見ていた。太陽が輝いていて気持ちよいクルーズである。

クルージングを楽しんでいると、ミキーフ号の近くを泳いでいるペンギンの群れが海面をジャンプしながら泳いでいく。最初は何が飛び跳ねているのか判らなかったが、ミキーフ号でクルージングをしているとペンギンに出会う事は頻繁にあるので、何度か見ているうちにペンギンだと判るようになっていった。もちろんペンギン以外にもクジラやアザラシ等がたくさん泳いでいるが、この頃には遠くでクジラが潮を吹いても、アザラシが近くを泳いでいても感激が少なくなっている。南極はそのぐらい生命が豊富な場所である。

しばらくミキーフ号でクルージングを楽しんだ後、アゴヒゲペンギンのコロニーに到着した。ゾディアックに分乗して出発する。上陸には適してない岩場にアゴヒゲペンギンはコロニーを作ってるみたいなので今回はゾディアックに乗ったままの観光になった。

ゾディアッククルージングの途中で氷山の上で寝ているアザラシに会うこともできた。あちこちの氷山の上でアザラシは昼寝を楽しんでいる。ゾディアックが氷山に接近すると逃げていくアザラシもいれば、逃げないでそのまま寝ているアザラシもいる。個性豊かである。

しばらく、アザラシを求めて氷山の間をクルーズしたあと、高さ100メートル以上はある氷河が海にせり出している場所にさしかかった。ゾディアックはその氷河の近くまで進んでいった。間近で見る氷河の壁は凄い迫力である。しかも、いつ崩落するか判らない恐怖が付きまとっている。小さなカケラは絶え間なく崩落している状況である。氷河の壁から300メートルぐらいまで近づいた時、氷河の大きな柱が倒れてきた。高さ100メートル以上もある大きな柱が300メートルぐらいしか離れていない我々の目前で崩れてきたのである。ゾディアックは急旋回し最大速度でその場を避難した。

最大速度で避難しているゾディアックの中から氷河の柱が崩れていく瞬間を目撃した。氷河はスローモーションの様に倒れてきて海面に激突し、激しい音と波しぶきを巻き上げた。とても強力なエネルギーである。そのエネルギーが大きな波になって我々のゾディアックに襲い掛かってくる。逃げるゾディアックだが波の方がスピードが速いので追いつかれてしまう。崩落を予見して一瞬早く逃げることが出来たので我々のゾディアックが波に追いつかれる頃には乗り越えられるぐらいの大きさの波になっていた。

波をやり過ごして一安心した我々であるが、目の前で崩落した氷河の余韻に浸っている。崩落した氷河が氷山の元になるのだ。今崩落したばかりの出来たてホヤホヤの氷山が我々の目の前の海面に浮かんでいる。

何となく、崩落前に比べて寒くなったような気がする。氷河が崩落すると辺りの空気が冷えるのだと、福山(仮名)さんが教えてくれた。そう言われると何となく納得できる。

我々はもうしばらく、この海域で氷河が崩壊するのを待つことにした。今回はもう少し氷河の壁から距離を取って待っている。しばらく、氷河が崩落しそうなところを探していると、何となく、崩落しそうなところが判ってきた。小さなカケラが崩落するところは大きな崩落を引き起こすようである。

氷山のカケラと言っても数メートルぐらいの大きさの氷の塊である。数メートルの氷のカケラが海面に落ちるだけでもかなりの大きな音が響きわたるのだが、氷河全体の規模が巨大すぎるので10メートルぐらいの氷の塊が崩れ落ちても小さな崩落と感じてしまうのである。

その小さな崩落が立て続けて起きている所を発見した。注目すると、その場所の小さな崩落がどんどん増えていった。立て続けに数個の氷のカケラが落ちてきたと思ったら、今度は崩落を起こしていた土台そのものが崩れ落ちてきた。先程の柱の崩落に負けないぐらいの大規模な崩落である。数メートルの氷のカケラの崩落とは比べ物にならない規模だ。高さ100メートル、幅も100メートルぐらいの巨大な氷河の塊が土台ごと落ちてくる感じである。その規模の巨大な氷河の崩落のエネルギーは空気まで震わせているようで、地球のエネルギーの凄さを体験できたような気がした。

今回は安全な距離を保っていたので緊急退避はしなかったが波はゾディアックまで押し寄せた。2回も大規模な氷河の崩落を見れとても満足してミキーフ号に戻っていった。

今日の停泊地はイギリスの南極観測基地である。ゾディアッククルーズを終えてから夕方の南極の海をミキーフ号が進んでいく。

天気が良いのでデッキに出てクルージングを楽しむことにした。遠くでクジラが潮を吹いているのを見ながら、氷山の浮かんでいる海を航行している。たまにアザラシがミキーフ号と一緒に泳いでいく。ペンギンの群れがミキーフ号に驚いて海面に飛び上がりながら逃げていくのも見ることが出来る。南極の夕方ののんびりとした時間の中で気持ちが穏やかになっていく。

南極の太陽はゆっくりと沈んでいく。その太陽が沈んでいく頃、ミキーフ号はイギリスの南極観測基地に到着した。今夜はここで停泊するようである。この場所は良好な港湾になっているので、今夜は揺れを気にせずゆっくりと眠ることが出来そうである。

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