基地と南極圏

2003年3月5日も清々しい朝になった。南極の朝の空気は冷たくて気持ちがよく、太陽は低い位置で穏やかに輝いている。ミキーフ号は午前中にLemaire Channel(リメール運河)を通過する予定である。この運河でミキーフ号の他にも2隻の南極観光の船に出会った。どの船もリメール運河を通過するらしい。1隻の船はシーカヤックを積んでいたようで、10艇ぐらいのシーカヤックがのんびりと水上を漂っている。リメール運河でも美しい景観を楽しむことが出来た。

今日は午前中にウクライナの南極観測基地に行くことになっている。南極観測基地では葉書を出すことが出来るのである。今回の南極ツアーではイギリスの基地にも寄りそこで葉書を出すことが出来るが、ウクライナの基地の方が南に在り、こちらの基地から葉書を出す方が価値が有るような気がするのでウクライナの基地から葉書を出す事に決めた。リメール運河を通過して、ウクライナの南極観測基地に着くまでの30分ぐらいの間に絵葉書を書いた。全部で40枚近くの絵葉書を出す予定である。ゆれる船内で大量の絵葉書を書き上げるには大変であったが、それでも時間までに全てを書き上げることが出来た。

絵葉書を書いてたせいでゾディアックに乗り込むのは最後になってしまった。俺が乗り込み、ゾディアックは基地に向かって出発した。ウクライナの基地は昔はイギリスの基地だったそうである。ゾディアックは初めに昔使っていた建物に向かった。ここは博物館になっており、昔の南極観測隊の生活を保存している。建物は木造で、内部には古い科学雑誌や缶詰や防寒具等があり、当時の観測隊の生活を想像することができる。外では数羽のペンギンがパタパタと歩いていた。

博物館のあとに現在使用しているウクライナの基地に向かった。こちらは近代的な建物になっており、小さな桟橋も完備されている。基地の中では越冬隊の隊員が基地の中を案内してくれ、いろいろと説明してくれた。最後に土産屋さんとバーと郵便局に連れて行ってくれた。ここで俺は南極で出す予定の葉書を全部出してしまった。

基地では絵葉書を売っているが当然のように高い。それを見越している俺は南極クルーズが始まる前にウシュアイアで絵葉書を買っておき、準備万端に宛名も既に書いておいた。基地に到着する前に文面だけを書いてしまえば良いように手はずを整えておいたのだ。それでなければ、さすがに30分で40枚近くの絵葉書を書き終えるのは不可能であっただろう。

俺はウクライナ基地で全ての絵葉書を出した。船田(仮名)さんやよっちゃん(仮名)は全ての絵葉書を出さないで、これから行く予定のイギリスの基地で出す分を残し、ウクライナ基地では半分だけ出したのだそうだ。これが、後日、大変な事になる。

余談だが、ウクライナ基地の説明では絵葉書が到着するのは3ヶ月ぐらいかかるらしい。世界の果ての南極なのだからこれぐらい時間が掛かるのは当然であろう。すると、俺が出した絵葉書たちは6月ぐらいには到着する予定だ。遅くても7月には日本に到着しているはずである。しかし、南極クルーズが終わり7月になっても8月になっても絵葉書は到着したと言う連絡がない。船田(仮名)さんが後日イギリスの基地から出した絵葉書は5月には日本に着いたそうであるが、ウクライナの基地から出した絵葉書は、船田(仮名)さんもよっちゃん(仮名)も到着していないのだそうだ。

10月になってもウクライナ基地から出した絵葉書は到着していない。誰一人として到着していないのだから、きっと絵葉書は どこかに紛失してしまったのであろう。ウクライナの基地で出したのは失敗であった。南極からの絵葉書を楽しみにしていた人達には申し訳ないが、いまさらどうしようもない。俺もウクライナの基地からは半分だけにしておけば良かったが後の祭りである。

年が明けて、2004年の正月に南極からの絵葉書が届いたと言う知らせを受け取った。1年近く前に南極から出した手紙がやっと届いたのだ。受け取った友達も日付を見て驚いていたようだが、その知らせを受けた俺はもっと驚いた。南極からの絵葉書はすっかり諦めていたので嬉しさも倍増した。やっちゃん(仮名)と船田(仮名)のところにも2004年の正月に絵葉書が届いたと知らせがあったそうである。

昼飯を食べた後はアデリーペンギンのコロニーに行く。今まで見てきたペンギンはほとんどがジェンツーペンギンである。数羽のアデリーペンギンは見ているが、大量のアデリーペンギンは初めてである。ジェンツーペンギンは好奇心が旺盛で、自分から我々の方に近寄ってきてくれるが、アデリーペンギンは警戒心が強いようで、触ろうとしても全然触ることが出来ない。何羽か追い詰めたが最後の1メートルで逃げられてしまう。アザラシに驚かされた苦い経験もあるので、アデリーペンギンに触るのは諦める事にした。

この島からの景色はとても美しく、遠くの南極の山々を見渡すことが出来る。この景色を楽しむことが出来るのはもちろん晴れているからである。

今夜は南極圏に向けて夜通し移動する。この間は外洋に出るのでかなり揺れるのだが、ドレーク海峡ほどではないと言うことだし、明日の朝には南極半島の影に隠れることが出来るので、それほどの船酔いにはならずに済むだろう。

夜中の間に南極圏に向けてミキーフ号は走っていった。外洋を航行していたのでかなり揺れたが、朝食は食べることが出来た。今までは南極半島の陰に隠れていたのでドレーク海峡を渡り終えてからはほとんど揺れなかったのであるが、今朝は朝食の時間になっても少し揺れている。

揺れている中で給仕をするロシア人のウエイトレス達の働きには驚いてしまう。当然、コックも揺れている船の中で料理を作っているはずだ。頭が下がる思いがする。

南極圏とは南緯66度33分以南の事である。ミキーフ号のデッキには衛星で位置を把握する器械があり、その器械で位置を確かめながら進んでいく。ほとんどの乗客がデッキにやってきて、南極圏到達の瞬間を待っている。66度33分が近づいてきた時、アメリカ人のジョン(仮名)が海の方を指して「あそこに星条旗がある!アレが南極圏のしるしだ!」と叫びました。ジョン(仮名)のジョークにマイケル(仮名)が「本当だ。旗が立ってる。でも、よく見ると星条旗ではなく、赤と青と白が見えるよ。どうやらユニオンジャックのようだね。」と、切り替えした。それに続いて「自分達の国の旗がある」と、各自が言い出し、デッキでは国際ジョーク大会が開かれたがすぐに閉幕した。

66度33分を通過すると拍手が起こった。これで南極圏に入ることが出来た。1999年の4月に北極圏に行くき、そこで決めた次の目標が南極圏に来る事だったのだが、その目標が叶った瞬間である。何も目印のない海の真ん中を通過しているだけだが感激である。

ミキーフ号は南極圏に入ってからも更に南を目指している。近くに見える氷山の数もいつもより多い。おまけに朝から天気が悪く雪が吹き付け、海も荒れている。さすが南極圏である。

これから、南極圏にある島に上陸する予定であったがツアーリーダーはこの天候では上陸は無理だと判断した。その代わりに、出来るだけ南に進路を取る事に決めた。目指す目標は南緯67度である。しかし、天候が悪く氷河も思っていたよりも海にせり出してきているようである。我々は南緯66度55分まで南下出来たがそこから先は氷に閉ざされており、北に引き返すことになった。

夕方、北に戻るためにミキーフ号はまた外洋に出た。今朝よりも揺れが激しかったので俺は船酔いで気持ち悪くなってしまった。夕食まで少し時間があったので、それまでベットで休むことにした。

ベットで横になっていると窓から水が漏れてきた。部屋には丸い形の窓があり、その窓を締める栓が少し緩んでいた様である。しょうがないので水で漏れないように窓の締め金を締めなおした。当然、揺れている船の中で栓を締めるので、かなり気持ちが悪い。ひょっとしたらドレーク海峡と同じぐらいの揺れがあるかもしれない。

窓を閉めなおし、もう一度ベットの中で船酔いをやり過ごしていた。かなり気持ちが悪くなり、揺れが激しくなった。そんな中ハプニングが起きた。丸い窓が一気に開いて、ペンギンが部屋の中に飛び込んできたのだ。それがなんと体長1メートルの皇帝ペンギンである。普通のペンギンの体長は30センチぐらいであり、今までに見たジェンツーペンギンやアデリーペンギンも30センチぐらいである。体長1メートルの皇帝ペンギンは3月には南極大陸の内陸の方に移動しているはずなので、この時期にはほとんど出会う事ができないのだ。その皇帝ペンギンが窓から飛び込んできたのである。俺も驚いたが皇帝ペンギンは俺以上に驚いているようだ。パニックを起こして部屋の中で暴れまわっている。入ってきた窓から外に出してあげようと思っても、狭い窓なので、そこから出ることも出来ない。

そこで、ドアから船の通路に出して、そこから船外に逃がしてあげようと考えた。部屋のドアを開けると、皇帝ペンギンは暴れまわりながら通路に飛び出していった。船は揺れているので俺も皇帝ペンギンも上手く歩くことすら出来ない。出口の方に皇帝ペンギンを誘導してあげようとしても、思う様にはかどらない。この騒ぎを聞きつけて、数人の乗客が駆けつけてくれた。みんなで協力して出口から皇帝ペンギンを逃がしてあげようとするが、知らない場所に迷い込んだ皇帝ペンギンはますますパニックに陥ってしまっているようである。それでも、みんなの協力で皇帝ペンギンを出口まで誘導することが出来たと思ったが、これは船酔いにうなされている俺が見た夢だった。

船田(仮名)さんたちにこの皇帝ペンギンの事を話すと一瞬驚いたけれども笑ってくれた。良い人達である。

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