南極初上陸

2003年3月3日。南極に着いて最初の朝がやってきた。朝食を食べた後、いよいよ南極初上陸である。記念すべき最初の上陸地点はデシェプションアイランドと言う島だ。この島は火山島で、浜辺を掘ると温泉が沸いてきて希望者は温泉に入る事ができるのだ。我々日本人4人は南極で温泉に入れる事を楽しみにしていた。

しかし、朝食を食べている最中にツアーリーダーから「今日は風が強いため温泉を掘る重機を浜辺に下ろすことができず、残念ながら温泉に入る事ができない。」と告げられた。一同騒然である。温泉に入る習慣の無い西洋人は温泉をそれほど楽しみにしていなかったのかもしれないが、温泉文化のある我々日本人4人は非常にショックを受けた。南極に出発する前から、南極で温泉に入れる事を楽しみにしていたのである。船田(仮名)さんはツアーリーダーに掛け合ってくれているみたいだが、南極の大自然の前ではどうする事もできない。ツアーリーダーは風が弱まったら重機を降ろして温泉を掘る事ができるが、今のままでは無理だと説明してくれた。

朝食が終わっても、風は弱まらず吹き続いている。とても残念だが温泉は諦めなければならない。しかし、もっと風が強かったら上陸自体も中止になるところだったらしい。

母船ミキーフ号からゾディアックという10人ぐらいの人が乗り込めるゴムボートに乗り換えて上陸する。1人1人名前を確認してゾディアックに乗り込んでいく。ゾディアックに乗り込む際に南極の冷たい海に落ちてしまうと命にかかわるので、みんな慎重に乗り込んでいく。ゾディアックで10分ほど進んで行き、上陸できそうな海岸を探し、ゾディアックを接岸させた。待ちに待った南極初上陸である。全員がゾディアックを降り、ツアーリーダーを先頭にして南極散策が開始された。

近くに小高い丘がありそこを目指して歩いていく。荒れた大地の上に雪が覆いかぶさっており、その上を我々が歩いていく。足場が悪いために歩くだけでもかなりの体力を使う。まるで月の世界を歩いているようだ。丘の麓で改めて丘を見上げると小高い丘は思っていたよりも急勾配で、何も装備を持たずに登るには難しいようである。そのため、頂上までは行かずに丘の中腹から景色を堪能して戻ってきた。帰りのゾディアックに乗り込む時、海岸で5羽ぐらいのペンギンを見ることが出来た。初めて見る野生のペンギンにみんな感激である。それに驚いたのか、ペンギンはすぐに海の中に逃げて行った。

お昼前にデシェプションアイランドを後にし、午後の目的地であるミケルセンハーバーに向かい出発した。ミケルセンハーバーまでの移動中にザトウクジラの群れと遭遇した。乗客はみんな船のデッキに上がりザトウクジラの群れを眺めている。船から100メートルぐらい離れたところでザトウクジラが飛び跳ねたり潮を吹いたりしている。しばらくの間、ザトウクジラの群れは船から一定の距離を空けて泳いでいる。そのザトウクジラの群れを観察している時に船の反対側から歓声が沸き起こった。あわててそちらに行ってみると、今度は別のザトウクジラの群れが船のすぐ近く、50メートルぐらいのところで塩を吹いてた。感激である。どうやらこの海域にはザトウクジラの群れがたくさん回遊している様である。右にも左にもザトウクジラの群れがいるのだ。とても贅沢なホエールウォッチングを堪能することができた。

思いがけずザトウクジラの群れに出会えた後、ミケルセンハーバーに到着した。ここは小さな島でジェンツーペンギンのコロニーになっている。島のいたるところでペンギンがうようよと歩き回っているのだ。島に上陸する前からこのペンギンの多さに圧倒されてしまい大感激である。

南極観光には動物保護の規定がいくつかあり、その中の1つにペンギンには5メートル以上、アザラシには10メートル以上は近づいてはいけないという規定がある。事前に船の中でツアーリーダーからこのような環境保護のレクチャーを受けているのだ。しかし、このペンギンのコロニーになっている島ではペンギンと5メートル以上の間隔を保ちつつ上陸することは不可能と思われる。それぐらい沢山のペンギンがこの島には生息しているのだ。

南極で初めて出会うペンギンの群れに戸惑いながら上陸しようとしているツアー客の一団を好奇心旺盛なペンギンの群れが待ち構えている。島に上陸しても、ペンギンはそれほど人間を怖がっていないみたいで、遠くまでは逃げていかない。これでは、5メートル以上の距離を保ったまま島を歩き回るのはどう考えても不可能だ。しかし、ツアーリーダーはペンギンの群れをかき分けるようにして島の中央を目指して歩きだした。ツアーリーダーが3メートルぐらいまでペンギンに近づくとペンギンはパタパタとツアーリーダから逃げていくのだ。どうやら、3メートルぐらいまでなら近づいても大目にみてくれるようである。

我々もツアーリーダーのようにペンギンの群れをかき分けながら島を散策することにした。この島の中では自由行動が許され、ツアー客達はそれぞれにお気に入りのポイントを見つけ、思い思いに時間を過ごすことが許された。

我々が訪れた時期はペンギン達の子育てが終わりかけの時期である。子供のペンギンは大人と変わらないぐらいの大きさまで成長しているが、子供の毛は抜けきっていないしエサも親からもらっているので、すぐに子供のペンギンと親のペンギンとの区別はつく。中には頭のてっぺんだけ毛が残っていて、帽子のようになっている可愛い子供もいた。

俺と船田(仮名)さんとよっちゃん(仮名)はツアーリーダーの視界に入らない島の反対側まで歩いていき、ペンギンに触ろうと試みた。このツアーを探しているウシュアイアにいる時からペンギンには触りたいと話していたのである。ツアーリーダーや他の客にも見られていないことを確認しながら行動を開始する。しかし、1メートルぐらいの間隔をまで近づくとペンギン達は危険を感じて逃げてしまうのである。思ったよりも素早く逃げていくのでペンギンに触るのは難しそうだ。

正面からペンギンを追いかけてもパタパタと走って逃げてしまうのだが、走って逃げていくペンギンの姿がなかなか可愛いのである。調子に乗ってペンギンを追いかけてまわしながら、島の中を走っていると俺のそばにある石が突然、雄叫びと共に動き出した。俺は飛び跳ねるほどビックリした。てっきり石だと思っていたものは昼寝をしていたアザラシだったのである。俺がペンギンを追いかけながらアザラシの方に走って近づいて行ったので、ゆっくり昼寝をしていたアザラシは驚いて雄叫びを上げて威嚇したのである。アザラシの威嚇に驚いた俺は度肝を抜かれ、跳びあがってその場から逃げた。その光景を見ていた船田(仮名)さんとよっちゃん(仮名)は大笑いである。アザラシの雄叫びに驚いた俺は1メートル以上飛び跳ねていて、とても笑える格好だったらしい。もちろんツアーリーダーや他の客からは見えていないことは確認しながらの行動である。

ペンギンを追いかけていた報いを受けてしまった俺はショックを隠しきれずに作戦を変更する事にした。今度はゆっくりとペンギンに近づいていき、ペンギンが油断している隙に触る作戦に切り替えた。この作戦は持久戦である。ペンギンがいかに好奇心を我々に向けるかが勝負の行方を左右するのだ。しかも、誰にも見られずに持久戦を戦わなくてはならない。

警戒心の弱そうなペンギン1羽に狙いを絞り、少しづつ、騙し騙し近づいていく。こちらが何も悪さをしない事をアピールしながらゆっくりと接近するのだ。しかし、この作戦もなかなか上手くいかない。1メートルぐらいまで近づくと、ペンギン達はどうしても逃げていってしまうのだ。しばらく各自で悪戦苦闘していた3人だが、とうとう船田(仮名)さんがペンギンと握手する事に成功した。コツはひたすら動かないで待っている事だそうだ。すると、好奇心旺盛なペンギンが向こうから近づいてきてくれるのだそうだ。俺もよっちゃん(仮名)もそれからしばらくしてペンギンに触ることに成功した。

ミケルセンハーバーには数時間の滞在であったが十分にペンギンを堪能することが出来た。最後にはペンギンの方から我々を突きに来ることもあり、ペンギンとの友好も親密なものにすることが出来た。

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