堕落と観光の狭間で

エジプトで俺が泊っていたサファリホテルには中林(仮名)さんを含めて、日本人旅行者が15人から20人ぐらい泊っていた。ほとんどが長期の一人旅をしている人である。半年ぐらいから、長い人になると2、3年は旅をしているという人もいる。俺などは旅に出て3ヶ月のひよっこバックパッカーである。長く旅をしていれば偉いという訳では無いけど、長く旅をしている人はみんなたくましく見えた。

中林(仮名)さんの7年は別格にしても、このサファリホテルに2ヶ月、3ヶ月連泊している人が10人弱はいる。そう云う人にとってサファリホテルはもう「旅の宿」ではなく「生活の場」に近いものになってしまっている。毎日の食事もホテルのキッチンを借りて自炊してるし、冷蔵庫も宿泊している人が使い放題で使っているのだ。洗濯だって洗面所にタライがあるのでそれを使って済ましている。とくに不自由は無い生活である。俺も、知らないうちにどんどんその「生活」に近づいていった。

エジプトには観光す名所がたくさんある。ピラミットやスフィンクスだけじゃなくて、モスクや市場、ローマ時代を中心とした博物館や遺跡もある。小さな所も全部見て周るとすると、1ヶ月以上かかってしまいそうだ。でも、サファリホテルに泊ってるバックパッカー達は既に3、4ヶ月は滞在しているのだ。ほとんどの観光は終わってしまっていて、普段やる事は無いはずである。それなのにサファリホテルで生活していて退屈じゃないんだろうか?

その疑問は簡単に解決してしまう。サファリホテルには何処から運び込まれたのか知らないがマージャンがあり、それに興じているのである。俺もどっぷりとマージャン漬けになってしまった。そうかと思えば、酒盛りが始まって夜遅くまで騒ぎまくり、明け方近くに疲れ果てて寝る。そして、夕方起きだして夕食を作り、それを食べてそのまま連夜の酒盛りに突入する。その他にも何人かでカジノに出かけて行き、そのまま30時間ぐらい帰ってこなかったりする。ちょっと心配になるけど、明け方に疲れ果てて戻ってくる。

マージャンの他にも将棋やオセロ、トランプ、ケンダマなんて云うおもちゃもある。日本のマンガすら置いてある。みんな観光を忘れて堕落した生活を始めてしまうのも納得できる。当然、昼も夜もメチャクチャな生活になってしまっている。

断っておくが、サファリホテルに宿泊している人が全員が堕落しているわけではない。ちゃんと普通に観光をして、サファリホテルには何日か滞在しただけで旅を続けている人もいるのである。堕落した旅人達もこのままでは良くない事を解っているのだが、このマッタリとした生活が心地良くて抜け出せないのだ。異国の地で長旅の果てに辿り着いたサファリホテルでグウタラするのも旅のひとこまなのだ。旅の目的は人それぞれに違うのである。

だらけた生活をしていても、たまには何人で観光に行く事もある。サファリホテルにはたくさんの役に立つ情報が詰まっている情報ノートがあるし、2、3ヶ月生活しているエジプトのベテラン達もいるのである。たいていの情報が揃っていて欲しい情報は簡単に手に入れることが出来る。

その情報を頼りにして前々から行きたいと思っていたラクダ市に行く事にした。メンバーは俺を含めて5人。サファリホテルに数ヶ月滞在しているヨースケ(仮名)カップル、おとといエジプトにやってきた女子大生2人組、それと俺。

朝、日の出前に出発する。ラクダ市は朝早い方がラクダがたくさんいて面白いとサファリホテルのベテラン達が教えてくれたからだ。バスを3台ほど乗り継いでラクダ市に向う。ラクダ市が近づいてくると、ラクダを乗せたトラックとすれ違う。1台のトラックにはラクダが6頭ぐらい乗っていて荷台に座らされている。こちらからはラクダが顔だけ出してる様に見えて可愛い。何となくドナドナを思い出してしまう。文字通り、「売られて行く」のだ。ちょっぴりせつなくもある。

市場に近づくにつれてラクダを乗せたトラックが何台も何台もやってくる。ラクダはみんなドナドナの様で可愛い。そのうちにラクダ市に到着した。当たり前の事だけどラクダがたくさんいた。ラクダが逃げていかないように前足を一本縛って3本足にしてある。10歳ぐらいの子供でも、ラクダの管理を任されていて、ちゃんと働いているのだ。たくさんのラクダがいて、我々は5人とも圧倒されてしまった。1時間ほどラクダを見て周る。ラクダがトラックに乗せられている。売買成立で売れていくのであろう、しだいにラクダの数が減っていった。

ここは観光地じゃなくて、普通にラクダを売り買いしている市場である。われわれ以外に観光客はいない。だから、帰ろうと思っても路線バスが走っていないのだ。帰りは途中まではヒッチハイクをしなくてはならないらしい。市場から帰りそうなラクダ商人風の人と話して途中まで乗せていってもらう事にして、無事に帰り着く事が出来た。

女子大生2人組はエジプトやトルコを周る3週間ぐらいの旅なのだそうだ。1週間ほどサファリホテルに滞在しながらカイロ市内を観光していた。ヨースケカップルや俺はまだまだサファリホテルの生活の中にいる。

エジプトにはスーフィーダンスと云うダンスがある。ハンハリーリというカイロ市内の大きなバザールにある建物の中で毎週土曜日に催されるのだ。エジプト政府が観光復興のためにやっているらしく無料である。無料という事も手伝って、毎週たくさんのお客さんが見に来るのだ。夜の7時から始まるのだけど、6時くらいから並んでいないと入れない。サファリホテルからは毎週の様に誰かが見に行っている。俺も1度見に行ったことがある。その時は10人ぐらいでツアーを組んでホテルを出発した。

最初に笛やタイコが鳴り響き、いよいよスーフィーダンスが始まる。スーフィーダンスとはただただグルグル回るダンス。大きなスカートを履いている一人の男の人がグルグルと回る。一時間ぐらい回り続けている。大きなスカートを思いっきり回したりしながら回りまくる男。その周りを太鼓を持った男達がぐるぐる回りタイコをタタキながら踊る。只、それだけなのだけど実際に見にいくとかなりの迫力があって面白い。

ラクダ市やスーフィーダンスはツアーでエジプトに観光にやって来ても、なかなか見る事の出来ない物であろう。サファリホテルにそう云う情報が溜まっているから見にいけたのだ。そして、俺がラクダ市に行ってきた事も最新の情報としてサファリホテルに蓄積されていき、新しくやってきた人達がそれを頼りにしてラクダ市に行ったり、スーフィーダンスを見に行ったり、他にもたくさんある見所に行くのである。

夕方、観光から帰ってくると、ホテルの中が騒がしい。日本から直接飛行機でエジプトにやって来た人が日本のカレールーを持っていて、そのカレールーをサファリホテルのみんなに提供してくれたのだ。今日の夕食はカレーに決定。久々の日本の味だ、みんな目の色が変わっている。昼過ぎから買出し班が結成されて、カレーに必要な具材を買出しに行く。それと同時に下ごしらえ班がキッチンを占領して、カレーの準備が始まる。カレーのウワサを嗅ぎつけて、ぞろぞろと人が集まってくる。各自仕事が与えられ、大量のカレーが作られていった。

料理の苦手な俺がお手伝いできる事はほとんど何もなし。料理の邪魔にならない様に、食事場所のお片付けをしてるうちに、カレーが完成。ご飯も美味しく焚けている。今日の夕食は20人以上が集まって、一大イベントのカレーパーティーになった。カレーの魔力は恐ろしい。

10人ぐらいの夕食になる事はよくあるのだが、20人以上になるのは珍しかった。大量の食事を作るのは大変だったみたいだけど、みんなで腹いっぱい美味しい日本の味を楽しむ事が出来た。そのあとは当然のように酒盛りが開かれている。他の部屋ではマージャン大会が開催されたり、トランプ大会が開かれたり、今日もサファリホテルの堕落した夜が始まろうとしている。

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