イエメン珍道中

イエメンで一番楽しみにしていたシバームの摩天楼を見る事が出来た。菊代(仮名)ちゃんにとっては今回の旅の折り返し地点がシバームの摩天楼だったのだそうだ。感激もひとしおだったに違いない。夕日に浮かび上がったシバームの摩天楼は本当に綺麗だった。そんな訳で今日からイエメンの旅も後半に突入である。

朝早くサユーンを出発する。よし子(仮名)さんはもう1日サユーンに居ると言うので、ここでお別れする事になった。もしかしたら、サナアでもう1度再会できるかもしれないが、どうなるかは誰にもわからない。

また、3人旅に戻った。相変わらずのスピード狂バスはお昼近くにムカッラに到着した。この前、泊った宿にチェックイン。昼飯を食べて少しだけお散歩。すぐに日中の熱さにやられて、午後は宿で休むことにした。夕方から、行動開始。腹が減ったので3人で夕食を食べに行く。食堂に中国人の船員さんがいて、仲良くなった。彼は世界中を船に乗って旅しているのだそうだ。イスタンブールからスエズ運河を通って、ここまでやって来てインド洋を横断してシンガポールまで行くのだそうだ。まさに、海のシルクロードだ!う~ん、感激。

その食堂のテレビで「宇宙戦艦ヤマト」をやっていた。みなさん御存知の日本のアニメの「宇宙戦艦ヤマト」である。もちろんアラビア語に吹き替えられている。アラビア語の声優さんも良い感じのキャスティングで、デスラーが出てきたり、波動砲を発射したりしてる。こんな所でヤマトに会えるとは思ってなかったので懐かしい。あかり(仮名)さんにヤマトの通訳をお願いしてみる。あかり曰、「私のアラビア語は数字とか挨拶程度の簡単な単語しかわからんのよ。」との事。そう言えば、今までもあかりさんは片言のアラビア語とイエメン人の使う片言の英語で話していたような気がする。でも、あかりさんのアラビア語にはいつも助けられてるし、とても感謝している。夕食後は海岸線を3人で散歩しながら宿まで戻った。夜の海岸線はとても気持がよかった。

次の日も、朝早くにアデンに出発。この日もひたすら砂漠を走る。バスの座席に座ってるだけなんだけど、お尻が痛くなってきて、かなり疲れた。アデンに到着したのは辺りが暗くなってからだった。

イエメンにはイスラム勢力が広大な世界を支配していた頃に造られた、海のシルクロードの中継都市がたくさんあるらしい。イスラム風の古城がたくさんあって、その多くが今は博物館になっているのだ。アデンからサナアまでは、この博物館達を巡りながらゆっくり帰ることにした。そのついでに、紅海で海水浴も楽しんで行く事にした。

アデンからバスで3時間ぐらいのところにタイズという町があり、古城を改装した博物館がある。タイズの博物館には当時は高級だった香水や金細工等ががたくさん展示してあって、当時の貴族の豪華な生活をかいま見る事ができた。夜はタイズの旧市街にある市場を探索。

紅海はとても綺麗な海だった。我々3人が行ったところはコーハと云う村。ホテルがなかなか見つからなかったので、海岸線をひたすら歩いて、やっとホテルを探し当てた。ホテルに着いてみるとお客は我々3人だけだった。早速、海に遊びに行く。ホテルは海岸沿いにあるんだけど、ホテルから波打ち際までは干潟みたいになっていて100メートルほどの距離があり5分ほど歩いて海水浴に行く。海は遠浅になっていて、腰よりも浅いぐらいの水深しかなく、何処までもエメラルドグリーンに輝いていた。海で遊ぶなんていつ以来だろう?最近、ずっと暑い所を移動してたのも手伝ったのか、3人で思いっきり遊んだ。他に海で遊んでいる人はいなかったので、貸し切りビーチになっていだ。3人とも時間を忘れて遊んでしまった。ほとんど1日中海で遊んでいた。

ここのホテルには犬が3匹ほどいる。我々3人がホテルから貸し切りビーチまで海水浴に出かけると、そのうちの2匹が付いて来る。最初は犬のお散歩コースと我々が歩いている方向が、たまたま一緒になったのかな?と思っていたが、波打ち際までずっと付いて来るのだ。ちょっと気味が悪かったけど、吠えるでもないし我々の邪魔をするでもなく、ついて来るだけだったからほっといた。2匹とも我々が海で遊んでる間は、帰る気配も無く木陰で寝ていて、我々の事など知らん顔である。我々が遊び疲れて、ホテルに帰ろうとしたら、2匹の犬も起きあがって我々と一緒にホテルに帰りはじめた。この犬達は我々3人のボディーガードをしてくれていた様なのだ。とても頭が良い犬らしい。犬に感謝。犬と呼ぶのも可愛そうなので、リーダー格の犬に「八尾」と言う名前を付けてあげた。

夕食後、夜の海岸にお散歩に行きたくなった。ホテルの門から外に出ると、野犬がいたのでびっくりした。すると、ホテルの警備のおじさんがやって来て、野犬を追い払うように八尾に命令してくれた。八尾が野犬の所まで走っていって野犬を威嚇する。お互いに睨み合いしたまんまで、野犬は八尾に威嚇されても逃げて行かない。しょうがないので、野犬が何処かに行ってしまってからお散歩に行く事にした。その間、警備のおじさんが我々を呼んでくれてお茶をご馳走してくれた。

お茶をご馳走になっているうちに、野犬は何処かに行ってしまったみたいで、もう1度お散歩を試みる。警備のおじちゃんは俺達の護身用にと自分の肩に下げているマシンガンを俺に貸してくれた。弾もちゃんと入っている事を確認して、安全装置の外し方も教えてくれて、俺の肩に下げてくれた。本物のマシンガンを扱うのなんて初めてだ。ちょっと驚いた。仮にマシンガンを使う場面に遭遇してしまった場合、マシンガンを持っているよりも丸腰の方が安全な感じがする。そんな訳でマシンガンは警備のおじさんに返してお散歩に出た。八尾はちゃんと我々について来てくれた。ホントに頭の良い犬だ。波打ち際でしばらく星を見た。周りには光が無いので、とてもきれいに星を見る事ができた。八尾のボディーガードのお蔭なのか何なのか、何事も無くホテルに戻ってくる事ができた。ご褒美として八尾にお菓子をあげた。八尾はシッポを振って喜んでた。

貸し切りリゾート、コーハからサナアに行く途中に金曜スークで有名なザビードと言う町に寄った。しかも、今日はスークの開かれる金曜日である。スークとはバザールの事。ようするに市場である。しかし、俺はなんだか朝から具合が悪い。風邪を引いてしまったみたいだ。菊代(仮名)ちゃんとあかり(仮名)さんの二人だけでスークに行ってもらい、俺はチョット熱っぽかったのでクスリを飲んで宿でお昼寝。

午後には二人とも帰って来た。スークの帰りに菊代ちゃんもあかりさんも「ヘンナ」と云うものをしてもらっていた。ヘンナとは特殊な紅い墨で手の甲から指にかけて描く模様の事である。スークでヘンナ職人と仲良くなって描いてもらったそうだ。このヘンナ、1度描いてもらったら1ヶ月ぐらいは消えないらしい。ヘンナはイエメンの女性の身だしなみで、ほとんどのイエメン女性は手の甲にヘンナを描いてもらっているらしい。

次の日には俺の体調も良くなっていたので、一安心。ザビードの町を探索する。この町にも古城があって、博物館に改装されていた。博物館の観覧のあと、町をフラフラ歩いていた3人にいつものように好奇心いっぱいのイエメン人が話しかけ来た。そのイエメン人は小学校の英語の先生でこれから授業があるから学校に来ないか?という。面白そうなのでついて行った。小学校があって、子供達がたくさんいて、我々3人は教室に案内された。そこで、英語の先生は俺達に「何かやってくれ」と言う。おっかなびっくりだったけど、その場の雰囲気で何かやらねばならない状態に置かれてしまった。菊代ちゃんとあかりさんに相談しようかと思ったら、二人はいつのまにか見物する側に回ってた。俺が一人で何かやらなくちゃならない状態になっている。更に、気が付けばチョークを手にして黒板の前に立っている。困り果てた俺は何かしなくてはならないと腹を決めて、黒板に魚の絵や花の絵を描いて、「フィッシュ」だとか「フラワー」と言い放ち、子供達に復唱させた。そのうちに悪乗りし始め、世界地図を描いて、「ジャパン」だー、「イエメン」だー、と、騒ぎ立てた。でも、すぐにネタがなくなってしまい、その場を開放してもらった。一日先生ならぬ、10分先生をさせてもらった。思わぬところで貴重で楽しい経験をさせてもらった。

ザビードから、乗り合いタクシーを乗り継ぎ、サナアに向う。途中にステキな町があるというので、そこで1泊。マナハという町である。マナハのとなり町にハジャラという町があって、ここにも摩天楼があるのだ。このハジャラの町の摩天楼は山の上に建ち並ぶ摩天楼で、シパームにある砂漠の中の摩天楼とは、趣が違っている。どちらの摩天楼もすぱらしかった。

ハジャラの町では「ジャンビアダンス」なるダンスを踊った。民族衣裳を着せてもらって、イエメン人のにいちゃんに踊り方を教えてもらいながら生演奏をバックにして踊った。踊り自体は単純な踊りだったけど、30分ぐらいずーっと踊らなくちゃならんのだ。踊り終わったらかなり疲れた。夕方、ハジャラからマナハまでは山道を歩いて戻ることにした。30分ぐらいのお散歩になったのだけど、景色がとても良かった。崖下から雲が上がって来る。雲は山の上にある摩天楼を下から包み込んで、そしてさらに上へと抜けて空に消えて行くのだ。とても綺麗な風景だった。

いよいよ、明日サナアに戻る。約3周間のイエメン国内旅行も明日で終わる。

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