ラストスパート北海道

6月5日。北海道最初の朝。テントをたたんで出発しようとした時、地元のおじさんに話しかけられて、どういうルートが良いか教えてくれた。おじさんと別れて早速、走り出した。懐かしい国道5号を走る。何となく、走りやすい気がする。北海道の道路は本当に走りやすかった。その理由は北海道の道路は建設省ではなく、北海道開発局が作ってるからなのだった。歩道も工事中の所はちゃんと車道に降りれる様に坂を付けてあるところがたくさん有るし、細かい所までサービスが行き届いていた。建設省と比べると雲泥の差だ。

国道5号線を走ってると、昨日のフェリーでいっしょだった。ライダーが抜かして行った。クラクションと手を挙げて挨拶してくれた。その後にカップルの車も俺を抜かして行った。このカップルもクラクションとハザードランプで挨拶してくれた。なんだか元気になるよ。もう少し行くと、ゲンチャリで北海道を旅している女の子に出会う。高知から北海道に来たという。これから、ゲンチャリで北海道を旅して周るそうだ。その女の子と話してると、お巡りさんがやって来て、職務質問をされた。この旅で4回目の職務質問だ。ついでに、このお巡りさんに、写真を撮ってもらった。お巡りさんから開放されて、高知の女の子とも別れて、また、国道5号を走る。

国道5号を走ってると、いつもより、たくさんの車から手を振られるようになった。北海道の人は人懐っこいのかな?と、思っていたら、俺の事をラジオで放送していたらしいのだ。長万部(オシャマンベ)付近で、ドライブしていた人達に止められて、ラジオで放送されている事を知った。ドライブしてる人の携帯でラジオ局に電話してみる事になった。山陰放送の時と同じようにパーソナリティーとお話する。パーソナリティーは下品な事を俺に言ったので、ちょっとムカついたが、一通り、日本縦断してることや、ウサギのカッコの理由をお話してあげた。俺の目的地が札幌だと話すと、パーソナリティーは来週ラジオ局に来て欲しいような事を俺に言ってきた。札幌に帰ってから、特に用事も無かったし面白そうだから来週、札幌にあるラジオ局に行ってみる事にした。そんな約束をして電話を切る。携帯を持ってた人達ともお別れして、国道5号をまた走り出した。

鳥取県でラジオに出た時もそうだったけど、ラジオの後はトラックやダンプに乗ってる人からたくさんの声援をもらった。あと、少しでゴールだし頑張って走る。国道5号は坂道がほとんど無く、比較的スピードが出やすいので、ぐんぐん進んで行った。国道5号から国道230号に入った。そこまで来ると、なんだか本当に帰ってきたような気がする。夕方になり、ステキな公園を発見!たぶんこれが最後になるだろう、テントを張る。最後のキャンプとなると、ちょっと淋しいね。

 テント設営地:豊浦町、東雲山村広場の芝生。

6月6日。今日はいよいよゴールが出来そうだ。ホントにラストスパート!国道230号をがんばって走る。洞爺湖を過ぎて、どんどんゴールの札幌に近づいてくる。途中でひとりの車に乗っている女の子が止った。彼女は一度、俺を素通りして行ったんだけど、なんでウサギがママチャリで走っているのかをどうしても知りたくて、Uターンして戻ってきたそうだ。彼女の名前はアユアユ。これから札幌に仕事をしに行くらしい。今晩も札幌にいるそうなので、今日の夜再会する事にした。その時に、ウサギの理由とかママチャリの旅の事とかを教えてあげる事にした。とても変った女の子だ。アユアユも俺の事を変な奴と思ってるに違いない。

赤い靴履いてた女の子の公園というのがあり、そこで少し休んでから、最後の山場中山峠越えに挑む。焦らず、ゆっくりと確実に登っていった。とても長い上り坂を覚悟していたけど、思ったよりも早く、頂上に着いた。ヤッタね。頂上のドライブインで実家に電話をかけて、これから帰る事を伝えた。母親は俺がチャリンコで旅をする事は知ってたけど、ウサギでやっている事は知らないはず。きっと、このカッコで帰ったらびっくりするだろう。

中山峠の下りは道を知ってることもあって、かなりのスピードを出した。車が簡単に抜いて行けないぐらいのスピードを出していたから、きっと、40~50キロは出ていたと思う。中山峠を下ってる時に、昨日のラジオを聞いていた人達に止められた。あと少し、頑張ってね。と、励まされた。

中山峠からはくだりが続いて行くので、とても走りやすく、比較的楽に実家まで走ることが出来た。最後に、家の近所を通るのが一番恥ずかしかったが、誰にも見られることなく、ゴールできた。母に実家の前で最後の写真を取ってもらった。

母の友人が昨日のラジオを聞いていたらしく、何となく、母は俺がウサギのカッコをしている事を想像していたらしい。ウサギを脱ぎ捨て、お風呂に入って、綺麗になった。もう2度とウサギには成らないと心に決めた。こんな事、もう2度とやりたくない。ピンクのウサギはグレーのウサギに変ってしまっていた。

 夜、アユアユに電話して、会うことになった。アユアユは昼間に俺に出会った後、彼女の友達に電話をかけまくり、俺の事を話したらしいけど、彼女の友達は何の事だかよく判らなかったらしい。いきなり、「チャリに乗ってるウサギを見た」と言われても、普通の人は何がなんだかよく判らないだろうけどね。アユアユは変っているけど楽しい人だった。

6月12日。約束通りにラジオ局に行く。ウサギの旅から帰って来てから、ラジオ局の裏方の人から何回か電話をもらい、ホントにラジオ局に行く事にした。ラジオ局の電話をくれた人はとても感じの良い人で、今回のウサギになった理由や、チャリで日本を縦断している理由を聞いてきた。ラジオに出る前に裏方さんはこうやって、話がふくらむ様に下調べをするのでしょう。俺は旅のことをほとんど裏方さんにお話して、放送当日を迎えた。

ラジオの放送は公開放送だったため、スタジオにはお客さんがたくさん入っていた。パーソナリティーは俺をゲストとして扱ってくれて、この前の電話の時のように俺に対し失礼な事を言われなかったので、15分ぐらいの生放送の出演だったけどとても楽しい時間を過ごすことができた。アラスカにいる時にも地元のラジオに2回出たし、今年の俺はラジオと縁があるらしい。

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