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周りの空気を読む事

去年ぐらいから周りの空気を読む事が流行ってる。巷で言われているKYだ。空気を読む事は大切だと思うし、その場の空気を読んで行動する事で人間関係や物事が円滑に進んでいく。でも、空気を読む事を他人に強要してしまうのはちょっと違うのではないかと思う。しかも、自分の希望や望みを叶えるために、相手の意見や行動をKYという言葉で制してしまうのはおかしい。

確かに、変な事をする前に状況を確認させるために「空気を読めよ」と忠告するのは、親切な事だと思うが、自分の希望や望み通りにならなかったからと言って「KY」と言うのは明らかにおかしい。でも、「KY」という言葉を使うとどんな理不尽な事であっても正当化されてしまうから怖い。

そもそも、空気を読む事は相手に対する思いやりであったり配慮であったりするのだ。配慮が足りなかったり思いやりが足りなかったりする事は、配慮が出来なかった人が恥ずかしい思いをするものだ。周りに気配りをするように周囲の人間が助言するのは良いと思うのだが、周囲の人が気配りを要求するのはおかしいと思う。

最近のKYの使われ方は気配りの一方的な要求と変わりないと思う。KYという言葉だけが独り歩きして、本来の意味とはかけ離れてしまった配慮や気配りの出来ない言葉の代名詞になってしまった感じがする。

本来の意味からかけ離れてしまった「KY」という言葉を使っている人は少なくなってきたが、たまに耳にするとあまり良い気分ではなくなる。

2008年5月29日 記入

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