死んだ魚の目

この仕事って、流れ作業なんだよね。んで、1時間当たり70台ぐらいの生産を目指して、みんなで流してるのさ。でね、1台生産するごとに俺の手元にあるネ ジはどんどん減ってしまうの。だって、ネジを締めるのが俺の仕事なんだもん、それが当然でしょ。その他にもバネを入れたり、捧を入れたりするんだけどさ。 まー、覚えてしまえば単純なんだけどさ。

そうやって、俺の手元で少なくなっていくネジやバネや捧を補充する人も当然のようにいるんだよね。ウチの工場ではその人たちの事を物流って呼んでるの。その物流の人が15分か20分おきに俺のところのネジやバネや捧を補充し てくれるのさ。もちろん物流の人は俺の所だけでなくて、他の人の所の足りなくなった物も補充しながら何分かのサイクルで回ってると思うんだけど、俺も自分 の持ち場の事しか教えてもらってないから、物流の人が実際にどんな仕事をやってるのかは知らないけどね。その、俺の所に補充しにくる物流の人の目がスゴイ の。まさに死んだ魚の目をしてるんだよね。たまに俺が使ってるネジが足りなくなってきて、彼に催促する事もあるんだけど、その時も彼は死んだ魚の目のままなの。そんで、俺の催促に対する受け答えしかしないの。とってもつまらない仕事だから、死んだ魚のめになってしまうのは分るんだよ。でもさ、彼は朝から晩までずーっと死んだ魚の目なの。昼飯の時も仕事が終わって工場から帰る時もたまに見かける時はいつも死んだ魚の目のままなの。スゴイでしょ。ま、俺も彼と話した事が無いから、どう云う人なのかは知らないんだけどさ。

俺の所にくる物流の人はその死んだ魚の目の彼だけじゃなくて他にも何人か来るんだけど、たいていの人はみんな死んだ魚の目をして働いてるんだよね。でもさ、俺のネジが足りなくなって催促すると死んだ魚の目から普通の人間の目に戻って受け答えしてくれるの。それとか、仕事が終わって帰る時や昼飯の時とかも人間の目に戻ってるの。普通はそうだと思うんだよね。いつも死んだ魚の目でいられる彼はある意味、スゴイのかもしれないね。

いつも死んだ魚の目でいるのって、どんな感じなんだろうと思って、俺も死んだ魚の目の真似をしてみたの。何も考えないで体が動く通りに黙々と作業をしてると、死んだ魚の目になってるみたい。でも長時間はなかなか成り切れるもんじゃないね。すぐに余計な事を考えてしまうの。例えば、今何時だろう?とか、早く、休憩時間にならないかな?とか、そんな事。

時計と睨めっこしながら作業をしてたらなかなか時間が進まないんだよね。それよりも、死んだ魚の目をする様に集中してた方が何も考えなくていいから、時間が早く進んで行くような気がするの。もう1度、死んだ魚の目にトライ♪ 今度は出来るだけ長い間続けれる様にがんばってみよう♪

死んだ魚の目。何も考えないで、黙々と与えられた作業をこなしていく。

死んだ魚の目。夢も希望も無く、狭い世界で同じ事をくり返しながら時間だけが過ぎて行く。

死んだ魚の目…。死んだ魚の目…。全てを捨て去る死んだ魚の目…

今何時だろう? あ! あと5分で昼飯だ。あとチョットだ。がんばるぞ!死んだ魚の目をしてると、時間が経つのが早いや。でも、死んだ魚の目を続けるのは結構大変だぞ♪

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