トラックのスリ

タイとカンボジアの国境からシェムリアップに行くピックアップトラックの荷台でスリに遭遇したの。ピックアップトラックは荷台にたくさんの人や荷物や動物を乗せて隣町まで走っている市民の足なんだけど、その乗客たちの中にスリが紛れ込んでたみたいなんだよね。俺の右側には人懐っこそうなババアが座ってさ、俺の左側には寡黙なサングラスをかけた親父が座ったんだよね。そして、俺の気を引くようにババアがいろいろと俺に話しかけてくるんだ。その隙に親父が俺のバックの中に手を入れて貴重品を盗む寸法みたいなんだよね。

俺はふだんからスリや強盗には気をつけながら旅をしていたから、貴重品が入っているだろうなと思うバックはダミーのバックにして、貴重品は別の場所に入れるようにしてたんだよね。ダミーのバックはスリがわかるように肩からかけて見えやすくしてさ。

ババァが俺に親しげに話しかけている途中でチラッとバックを見るとチャックが半分開いていたの。びっくりだよ。でも、親父がチャックを開けていた瞬間は見ていから、盗みの疑惑しかかけることが出来ないんだよね。でも、明らかにこの親父が開けたとしか思えないんだ。バックの中を確認してみると、取られたものは無かったから安心だったけどさ、こんな風に堂々とスリを働くなんて驚きだったよ。俺がもうちょっと遅く気が付いていたら、きっと何かを盗まれてただろうなって思うんだ。

元々、ダミーのバックにはメモ帳とか、良く使う塗り薬とか電卓とかボールペンとか旅には必要だけどスリが欲しがる物は何も入っていなかったんだ。それでも、取られたらムカつくし俺にとっては便利なものばかりだからさ、スリが未遂に終わって良かったよ。

仕事に失敗したスリの2人組みはそのあともトラックに乗ったままであれだけ親しげに話してきたババァは急に何も話さなくなって親父も身動きひとつしなくなったんだ。ちょっと間抜けな感じがするよね。でもさ、失敗したとしてもスリに狙われた事に腹が立ってしまってさ、俺はババァと親父の顔の目の前で指を刺してこいつらはスリで自分はスリに狙われたと一緒に乗っていた人たちにアピールしたんだよね。でもさ、誰も反応してくれないんだ。

俺が騒ぎ出してもどうにかなる訳じゃないのは判ってるんだけどね。トラックを降りてスリの2人組みを警察に突き出そうとしても、未遂だったし被害は何も無いんだから警察だって動かないだろうけどさ。

でも、何か2人に制裁をしないと俺の気持ちが収まらなかったからさ、鉄拳制裁で2人をぶん殴ってやろうかと思ったけど、そうなると向こうも抵抗するだろうし、走ってるトラックの中で喧嘩してしまったら、俺も怪我をしてしまうかもしれないから止めたんだ。それにトラックから落ちてしまったら大変だしね。

スリの2人組みは途中でトラックが減速したときに荷台に乗ってる車掌に料金を払って別々に降りて行っちゃった。スリの2人組みが降りたあとで一緒に乗っていたお客さんたちが俺に対して同情してくれたんだけど、やっぱり現地の人たちにとってはスリ本人を目の前にして外国人の俺の味方をするのはちょっとおかしい話だもんね。

なんとなく気分が悪かったんだけどさ、それにしても、被害が無くってよかったよ。

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