ブエノスアイレス沈没記

沈没記と言ってもブエノスアイレスが海底に沈没してしまったわけじゃないんだよね。バックパッカー用語で1つの町や宿に長期間にわたって連泊してしまう事を「沈没」って言うの。で、俺はブエノスアイレスに長期にわたって沈没していたの。最初にブエノスアイレスに泊まったのが2003年の3月。そして、最終的にブエノスアイレスを出発したのが2003年12月。9ヶ月間もブエノスアイレスで沈没してしまった事になるんだよね。

その間、ずっとブエノスアイレスに沈没していたわけじゃなくて、ここを基点にして南米観光していたんだよね。だから実際にブエノスアイレスで沈没していたのは合計して4ヶ月ぐらいかな? それでも、出たり入ったりしながら4ヶ月も同じ宿に泊まっていたんだから立派な沈没だよね。

何でこんなに長い間沈没してしまったかっていうのは、宿を経営している人がとても親切で居心地の良い宿を作ってくれているから。日本人の料理人の旦那さんと韓国人の奥さんが経営してるの。この宿ではNHKの海外版を見ることが出来たり、マージャンができたり、将棋ができたり、使いやすいキッチンも備えてあったりするの。そして、宿の近くには韓国人街が合って、韓国の食材が手に入るから手軽に韓国料理を作る事が出来てしまうんだよね。

こんなに居心地の良い宿を作ってくれているから、1ヶ月以上沈没してるバックパッカーが10人ぐらいは常にいる状態になってしまってるの。旅の途中のオアシスのようなこの宿から過酷なパックパッカーの旅には戻りたくなくなってしまうんだよね。そして、誰かが生ぬるいブエノスアイレスの沈没生活から抜け出して旅を再開しようとすると、宿で沈没している他のパッカー達が甘い誘惑をささやき、宿を出て旅を再開する意志をゆるがせてしまうんだよね。出発の日を1日だけ延ばしているうちに気がついたら1ヶ月経ってしまって、旅の計画を変更してしまった人もかなりいるんだよね。ってか、俺も旅の計画を変更してしまった1人なんだけどさ。

しかも、この宿では2000年の正月のミレニアムパーティーをエジプトのカイロで一緒に祝った人と、偶然にも再会してしまったんだよね。しかも別々に2人。凄いでしょ。1人は一緒に南極に行った船田(仮名)さんとよっちゃん(仮名)で、もう1人はユーユー(仮名)さん。ユーユーさんはカイロでも1年以上沈没していたし、ブエノスアイレスでも俺が来たときには既にかなり長い間沈没していたんだよね。そんな再会や新しい出会いもあって、俺の楽しい沈没生活は思っていた以上に長くなってしまったのさ。

沈没生活の怠惰な1日を紹介すると、起床時間はだいたい11時ぐらい。朝食とも昼飯ともつかない食事を食べながら、お昼の12時から始まる海外版のNHKの連続テレビ小説を見る。日本では滅多に見ない連続テレビ小説だけど、時間になると10人ぐらいの沈没バックパッカーが眠たい目をこすりながらテレビの前に集まってきてみんなで視聴。この宿では連続テレビ小説が50%を超えるだろう高視聴率番組になってしまってるの。

それが終わると、面子が集まると昼下がりのマージャン大会が開催。面子を変えながらマージャン大会は12時間以上続く事もある。マージャンを途中で抜けて、韓国人街に食材の買出しに行き、夜の7時ぐらいから夕食を作り出す。9時ぐらいに夕食を食べ終わり、マージャンを見学に行くと面子の交代を繰り返しながらも続いている。途中で抜けた面子と入れ替わりマージャンをやってるうちに朝になり、みんな疲れ果てて寝る。そして、昼ぐらいに起きて連続テレビ小説を見ることから次の1日が始まるの。

こんな怠惰な生活から抜け出すのはかなり大変なんだよね。そのうちに、マージャン終了の時間が昼近くになってしまって、起きる時間が夜中の12時ぐらいになって、拍車を掛けたように生活リズムがめちゃくちゃになってしまうんだよね。

そんな生活を送りながらも、怠惰な時間をむさぼってたわけじゃないんだよね。アルゼンチン海軍の潜水艦を見に行ったり、サーカスを見に行ったり、遊園地に遊びに行ったり、アルゼンチン風焼肉パーティーを開いたり、韓国焼肉を食べに行ったりしてたの。特に潜水艦は海軍が市民に期間限定で公開していて、潜水艦の内部に入ることが出来たんだよね。潜水艦の中なんて普段は入れるものじゃないから貴重な体験ができたよ。

サーカスは今まで日本でも行った事がなかったんだよね。生まれて初めてサーカスをみてきたの。巨大なテントの中に会場を設営していて、その雰囲気だけでも感激だったさ。ピエロが会場を笑わせてくれたり、空中ブランコを見れたり、トラや熊の芸を見ることが出来て面白かったよ。

遊園地も長期沈没しているみんなと一緒に遊びに行けて楽しかったし、アルゼンチン風焼肉パーティーや韓国焼肉も美味しいのでとても満足できたんだよね。

その他にもタンゴを見に行ったり、オペラを見に行ったり、映画を見に行ったり、昔の日本の丸の内線の車両が現役で走っているブエノスアイレスの地下鉄に乗りに行ったり、日本庭園で開催されたお祭りに行ってきたり、ブエノスアイレス近郊の教会に行ってきたり、美術館に行ってきたり、充実した毎日を送ってたんだよね。

こんな毎日を送ってると6大陸めぐりの旅をしている途中のはずが、ブエノスアイレスで生活を送っている感じになってくるの。こんな怠惰な生活をしていてはいけないと思いつつも気がついたら数ヶ月も経ってしまっていたしね。それでも、日本に居たら絶対に会うことの無い人と出会う事ができたし「南米を旅している」という、共通の体験を持っている旅人と一緒に過ごす事ができたのは貴重な体験だったと思うよ。

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