パイネトレッキング

2003年2月に行った、アルゼンチンのパイネトレッキングのご紹介。パイネトレッキングの時の資料は盗まれたのでありません。完全に俺の記憶だけを頼りにして書き起こしているので、事実と違うことがあると思いますが、その辺はご容赦を!!

世界最南端の町、ウシュアイアで南極クルーズの申し込みを済ませた後、出発までには2週間ぐらいの期間が開いてしまった。その間、ウシュアイアに沈没していることもないと思い、パイネにトレッキングに行くことにした。

パイネとは世界でも有名なトレッキングの名所らしい。ウシュアイアの宿で情報を集めて、パイネトレッキングの出発点になる町、プエルトナタレスへ向かう。プエルトナタレスはチリにある町だ。ウシュアイアからプエルトナタレスに行くには、途中にあるプンタアレナスと言う、マゼラン海峡に面した町で一泊しなくてはならない。パイネトレッキングを楽しんでウシュアイアに戻ってくるには10日ぐらい掛かりそうである。南極クルーズまでの時間つぶしとしては最高のトレッキングになりそうだ。

ウシュアイアの町を朝早く出発してプンタアレナスの町を目指す。今日は1日中バスの中である。途中で国境があり、アルゼンチンからチリに越境する。それから、バスごと船に乗ってマゼラン海峡を渡る。そして、またバスに揺られて、ようやくプンタアレナスの町に到着である。時はすでに夕方。日が暮れる前に宿を探してすぐにチェックイン。一息つく間もなく、プエルトナタレス行きのバス会社を探して明日のバスの予約を入れる。

時間が少し余ったので、プンタアレナスの町の観光も抜け目なくおこなう。町の真ん中の広場にマゼランの銅像が建っている。昔は大西洋と太平洋を結ぶ航路の重要な拠点の町で、活気に満ち溢れていたらしい。しかし、パナマ運河の開通と共にすっかり活気がなくなってしまったそうだが、なかなか素敵な町である。

朝、昨日チケットを買ったバス会社に行くと、 オフィスはまだ閉まったままであった。オフィスが開くのを待っていると、15分ぐらいして、ようやく従業員が出勤してきた。こんなところでラテンタイムである。

オフィスが開くのを待っている間、俺と同じプエルトナタレスに行くバスに乗るという、日本人の女の子と出会った。どうやら、彼女もこれからパイネにトレッキングに行くらしい。バスの席も隣同士になって、いろいろと話しているうちに、一緒にトレッキングをすることになった。トレッキング初心者の俺には心強い仲間が出来た。

彼女の名前はエメロン(仮名)。アフリカから南米に渡って来たつわものバックパッカーのようである。南米最南端のウシュアイアから南米大陸を北上して北米ぐらいまで行くらしい。

バスがプエルトナタレスに到着したのは夕方であった。新しい町に到着してはじめにやることは宿探しである。今回は2人いるので、宿探しも1人でやるよりも楽である。安くて、治安の良さそうな宿を見つけて2人でチェックイン。明日はトレッキングのためにテントを借りたり、寝袋を借りたり、食料を調達したり、パイネ国立公園までのバスを手配したり、準備に追われることになる。

 次の日は残念ながら雨である。準備のために雨のプエルトナタレスの町を一日中歩き回り、トレッキングの準備を整える。1日がかりで疲れてしまったが、トレッキングの準備は無事に終わらせることが出来た。

トレッキングに出発する朝、天気は快晴である。さすが、俺の晴れ男パワーはここぞと言うときに頼りになる。丈の低い緑に覆われた大地と湖のある風景の中をバスはパイネの山を目指して走っていく。途中でトーレス・デル・パイネの個性的な姿が見えてきた。この景色も俺の晴れ男パワーの賜物である。

バスは10時ぐらいに国立公園の入り口に到着した。そこで入場料を支払い、地図を貰ってトレッキングに出発。我々は4泊5日の予定でW(ダブリュー)というコースをトレッキングする予定である。初日はパイネの名前の由来にもなっているトーレス・デル・パイネを目指して歩く。

天気がよく、気持ちが良い。橋を渡ってからトーレス・デル・パイネを目指して登り道に入る。エメロンはトレッキングに慣れているようで、どんどん先に進んでいく。足手まとい気味になっている俺だが、自分のペースで登って行く。途中で振り返るとパタゴニアの大自然が目の前に広がっていて感激だ。1時間半ぐらいの登りが続いた後は比較的な平坦な道になる。今日の目的地のキャンプトーレスまではまだまだ距離がある。

1日目のこのルートは人気があるルートなので、たくさんのトレッカーに出会う。驚いた事に、引き馬に乗っているツアー客ともすれ違った。パイネトレッキングはかなりお気軽に出来るようになっているみたいだ。これだと、年を取って体力がなくなってもトレッキングを楽しめそうである。更に、ガイドが付いているのでハプニングが起きても安心だ。

エメロンと俺は景色に感激しながら道を急いだ。途中のキャンプチレーノで少し休憩。このキャンプは売店や食堂や宿泊施設も整った優れもののキャンプだ。お手軽にトレッキングをしたい人にとっては理想的なキャンプである。宿泊施設の周りには馬が繋がれている。先ほどすれ違った引き馬はキャンプチレーノと国立公園の入り口を往復しているようである。

俺とエメロンは更に奥にあるキャンプトーレスを目指して歩く。高低差はあまりないが、景色が単調になり、歩いても歩いても進んでいないような気がする。それでも、ほぼ予定通りに今日の目的地のキャンプトーレスに到着できた。素早くテントを張って、トーレス・デル・パイネを見るために展望台を目指す。

エメロンはテントの張り方はほとんど知らないらしい。俺はママチャリで日本を縦断している時に毎日テントを張っていたので、その辺の要領は心得ている。良さそうな場所を見つけてテントを張った。重たい荷物はテントに置いて日が暮れる前に展望台を目指して歩き出した。

キャンプトーレスから展望台まではかなりの急勾配で、歩くと言うよりもよじ登ると言った方が正しい表現であろう。頂上には小さな湖があり、その向こうにトーレス・デル・パイネの姿が現れた。感激である。夕焼けを受けてトーレス・デル・パイネがキレイに輝いており、湖にその姿を映し出している。ここまで来た甲斐があったというものだ。

太陽が沈んでしまうと、あっという間に気温が下がってきた。寒くならないうちに早めにキャンプサイトまで戻り、夕食を食べる。明日はもっと長い距離を歩かなければならないので早めに寝る事にした。夜は寝袋に入っていてもかなりの寒さで、なかなか熟睡できない。夜中に何度か目覚めてしまった。

2日目は早朝からテントを素早くたたんで出発。途中までは昨日の道を戻っていく。キャンプチレーノを通り越し、もうしばらく昨日の道を戻っていくと湖が見えてきた。そこから、昨日の道を離れて右の方向を歩いていく。山すそをぐるっと歩いていくのだ。今までは下り道を歩いていたが、ここからは標高差がほとんどないところを歩いていく。

しばらくの間は左手に湖、右手に山を見ながら歩いていく。途中でニャンドゥ(ダチョウのなかま)がエメロンと俺の行く手に現れた。ニャンドゥはこっちを見たまま立ち止まっている。我々も思わず立ち止まってしまう。しばらくの間、我々とニャンドゥの睨み合いが続いた。戦慄が走る。このまま、ニャンドゥが我々の方に突進してきても不思議ではない雰囲気だ。が、ニャンドゥは何事もなかったかのように走り去っていった。

風の強い大地を歩き続ける。今日の目的地はキャンプイタリアーノである。高低差は無いが距離はかなり長い。エメロンは俺より30メートルほど前を歩いている。風が強いので30メートルの距離でも声がなかなか届かない。そんな中、今度はグアナコ(ラクダのなかま)がエメロンと俺の間に突如として現れた。10メートルぐらいしか離れていない位置である。ニャンドゥよりも体格が大きいので危険性も倍増している。しかも、距離が近すぎる。

この事態をエメロンに伝えるため叫んだが、声が風に消されてしまい、エメロンまで届かない。彼女はどんどん歩いて先にいってしまう。やばい。この緊急事態をエメロンに伝えるために俺は必死になってもう一度叫んだ。ようやくエメロンもグアナコの存在に気づいてくれた。が、特に気に留めるではなく、グアナコを一瞬見ただけでエメロンは先へと歩いて行ってしまった。エメロンにとってグアナコとの急接近はそれぐらいの事態なのであろう。俺が1人だけ驚いてこの事態をどうやって切り抜けようか考えていると、グアナコニャンドゥと同じように俺の前から走り去っていった。かなり驚いたが、貴重な体験をすることが出来た。

歩いても歩いても景色が変わらない。風は強くて天気は快晴。動物達も至近距離まで近寄ってくるし、不思議な世界に迷い込んだみたいである。

途中で大きな岩が壁のようになって風を遮り、なおかつ湖を一望できて眺めの良い場所を発見した。そこで、昼飯もかねて休憩をとることにした。我々はかなり疲れていたようで、この昼飯休憩はかなり長くなってしまいそうだ。が、今日の移動距離は長いのだ。こんなところで時間を無駄にする事はできない。30分ほど休憩をして、また歩き始めた。

キャンプイタリアーノはまだまだ遠いようである。道はトレッカーに踏み固められているので、ほとんど迷う事がない。が、途中で道がはっきりしなくなってきた。それでも、何となく歩いていくと、泥沼に突き当たった。それでも、無理やり進んでいくと靴も靴下も泥だらけになってしまった。泥沼を越えると、普通の歩きやすい道に出た。どこかで道を間違えてしまったのだろうか?

太陽も傾いてきた頃、キャンプクエルノスに到着した。しかし、キャンプイタリアーノはまだ先である。10分ぐらい休憩してから、すぐに歩き出した。

ここから先は比較的楽な道のりであるが、風が強いのと夕方が近づいてきたので、少し寒くなってきた。パタゴニアの夕日は遅くまで沈まない。それを頼りにキャンプイタリアーノを目指した。

ようやく到着したキャンプイタリアーノは森の中にあった。森の中は風が無いので、テントも飛ばされずに済むだろう。今日はそのぐらい強い風の中を歩いてきたのだ。

すぐにテントを張って夕食を食べる。今日は泥沼を歩いてしまったので、夕食の前に近くの川で足を洗う事にした。川の水はとても冷たい。泥がこびりついて半分乾きかけている足と靴下を洗った。綺麗になったが、川の水はとても冷たいので2人とも震えてしまった。

3日目は比較的楽な行程である。今日はキャンプイタリアーノにテントを張ったままフランス渓谷を往復して、昼過ぎにキャンプイタリアーノに戻る。それから、テントをたたんでキャンプペオエを目指す。

風は強いが天気は良い。荷物をほとんどテントに置いているので足取りが軽い。フランス渓谷の奥を目指して歩く。フランス渓谷は殆ど登り道である。途中で日本人のカメラマンに出会い、あいさつを交わす。このトレッキングで日本人に会うのは珍しい。初日に日帰りトレッキングの男の子とすれ違っただけだ。

そのカメラマンはポイントを見つけてフランス渓谷をファインダーに閉じ込めている。10分ほどカメラマンと話をしてからエメロンと俺は歩き始めた。カメラマンと別れてからしばらく歩くと、見晴らしの良い展望台に出た。フランス渓谷を綺麗に見渡す事ができる。バームクーヘンのように地層が重なり合って、フランス渓谷を作り出している。所々に氷河があり、崩落が起こるたびに大きな音が響きわたる。贅沢な眺めを見ながら、ちょっと早めの昼飯を食べた。

フランス渓谷の眺めは見ていて飽きないが、今日もこれから歩かなくてはならないので、後ろ髪を引かれながらもキャンプイタリアーノに戻る。先ほどすれ違った日本人カメラマンは先ほどの場所よりも更に下の地点で写真を撮っていた。そこからは3人でキャンプイタリアーノまで行く事にした。旅は道連れである。

カメラマンはキャンプペオエにテントを張っているそうだ。エメロンと俺の今日の予定地もキャンプペオエである。夕方にキャンプペオエで会うことにしてカメラマンと別れた。カメラマンは一足先にキャンプペオエに向かっていった。

キャンプイタリアーノからキャンプペオエまでの道は歩きやすい。少し心配なのは空模様である。今までは風は強かったが天気は晴れていた。山も湖も綺麗に見ることが出来ていた。が、今は雨が降ってきそうな天気に変わってしまい、昨日まで見えていた山も雲の中に入ってしまって見えなくなっている。雨が降る前にエメロンも俺もカッパを着た。そのとたんに雨が降ってきた。すぐに雨は上がったが、いつでも降りだしそうな空模様は続いている。午前中のフランス渓谷の天気が嘘のようである。

エメロンはフランス渓谷で足をひねってしまった様で、歩くスピードがかなり遅くなっている。エメロンは歩けるし大丈夫なので先に行って欲しいと言うが、そういう訳にもいかないだろう。仕方が無いので、あまり距離が離れないようにして歩く。何かあったらすぐに駆けつけれる距離を保つ。

その後は雨も降らず、何事も無くキャンプペオエに到着した。キャンプペオエは風が強く飛ばされているテントもある。こういうところではテントを張る場所が重要なので風が当たらない場所を探す。しかし、良い場所は既に他の人に取られてしまっている。それでも出来るだけ風の陰になるところを探して、強風の中でテントを張る。そのうちに雨も降り出してきた。あわててテントを張り、シャワーを浴びに行く。今日のキャンプペオエはシャワー付のキャンプ場だ。冷たくなった身体に久しぶりのシャワーは気持ちよい。

カメラマンは一足先に到着しており、シャワーを浴びようとした所で再会した。カメラマンは既にシャワーを浴び終え、これから夕食を食べるところだった。俺とエメロンは素早くシャワーを浴びて、カメラマンと一緒に夕食を食べる事にした。

エメロンと俺は火を使わない食事で4泊5日を過ごす事を出発前の準備の時に決めている。火を使うと食事の種類や美味しさが増すが、その分、荷物の重量も増えてしまう。さらに、エメロンも俺もナベ、コンロ、ガス等の必要なものを何も持っていない。火を使うとなると必要なものは全部レンタルしなくてはならないので食事は全て火を使わないものを買い揃えた。そんな訳でトレッキング中の食事はサンドイッチとバナナになった。それを見たカメラマンは我々にスープをご馳走してくれた。久しぶりの暖かい食事は美味しかった。カメラマンに感謝である。

食後にカメラマンのテントに移って、3人でウイスキーを飲みながら話をした。もちろん、ウイスキーもカメラマンがご馳走してくれた。カメラマンは日本から直接パイネにやってきて、トレッキングをして写真をたくさん撮って日本に帰るらしい。エメロンや俺のように海外を長期旅行している話を興味深く聞いてくれた。

カメラマンの情報によると明日の天気は良くないらしい。明日のエメロンと俺の予定はグレイ氷河であるが、天気が悪いのであればあまり綺麗ではないだろう。エメロンはこれからグレイ氷河より大きな氷河を見に行くし、俺もこれから南極に行って大きな氷河を見るので、グレイ氷河は行かないで明日プエルトナタレスに戻る事にした。

エメロンの足の事もあるし、明日は無理をしない方が良いだろう。

突然の予定変更で4日目が最終日になってしまった。朝から天気は今にも雨が降り出しそうな状態だ。キャンプペオエからペオエ湖を横断するボートが出ているので、それに乗る。カメラマンも一緒だ。ボートは1時間ほどでキャンププデートに到着した。キャンププデートからプエルトナタレスまで行くバスが出ている。バスはボートが到着するのを待っていて、ボートの乗客をたくさん乗せてプエルトナタレスへ向かって出発する。カメラマンはキャンププデートでもう1泊すると言うのでここで別れる。

バスに揺られている途中で雨が降ってきた。パイネは雨の多い場所である。パイネトレッキングはたいてい雨の中のトレッキングになるそうだ。トレッキング中、ずっと晴れていることは珍しいそうである。そんな中、ほとんど雨に降られずにトレッキング出来たのは俺の「晴れ男パワー」が強力な証拠である。

プエルトナタレスの町にはお昼過ぎに到着した。レンタルしたテント等を返しにいき、次の目的地までのバスの予約をする。最後にピザ屋さんでエメロンと2人だけのお疲れ様会をしてパイネトレッキングは終わった。

次の日、エメロンは北上してアルゼンチンにある氷河を見に行く。俺は南極クルーズのためにウシュアイアに戻る。俺の方が1時間早いバスだったのでエメロンに見送ってもらって別れた。

エメロンの旅と俺の旅がパイネトレッキングで重なり合い、パイネトレッキングが終了して別々の旅に戻っていった。そして、お互いの旅は続いていくのだ。

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